satoyamakong's blog

はてなダイヤリー「夢追い日記」から引っ越しました。

日本の美しさと暮らしの原点

会津若松市からR121とR181併用路をひたすら南へ。
通称会津街道または米沢街道といわれています。
紅葉も終わりを迎えていますが、まだまだその美しさを楽しめます。
阿賀川沿いを徐々に周りの山々が迫ってきます。
渓谷美の中にホテルや旅館が集まっている芦ノ牧温泉を過ぎ、
次の温泉地湯野上温泉にかかる湯野上橋からの渓谷を眺めます。


いや〜久々に広くて大きい日本の秋の渓谷美を愛でることが
できました。
このような渓谷の楽しめる温泉宿で露天風呂できゅっと一杯(^_-)
のんびりとしたいものです。
日本人の旅の極みではないでしょうか。


そして先を行くと観光名所の「内山宿」ですが、恐らく混み混み状態が
予想されるので、そこには寄らず一路南下。
お腹もすいてきたので、川沿いの蕎麦処で遅めのお昼を。
鮎もいただけるというので、鮎めしセット、1,000円也をたのみました。

蕎麦はやや白めですが、新蕎麦らしく香りは強め、コシもしっかりです。
鮎めしは薄めでも素朴な味。美味しかったな〜。

川沿いの紅葉を眺めてたら、店のオヤジさんが
「今年はいよいよの時に暑ぐなったんもんで、色はダメだったなぁ〜」
「んでも、長いこと楽しめんなぁ〜」と訛って話かけてくれます。
なんか温かみを感じますね。
「こっからの眺めはいいべ〜♪」って。
「蕎麦も最高ですよ」と返すと満面の笑顔でした(笑)
通路には蕎麦の実の袋からしっかりとした会津産の実がのぞけます。

自家製粉してるんだ!嬉しいね〜


お腹も気分も満足して、いざ出発!
街道にはそば街道という看板もみえます。
道沿い会津鉄道の線路が見え隠れします。
藁ぶきの駅舎までありました。
鉄ちゃんのmatsukentoさんを思い出したりして。
ごめんなさい!写真は撮り忘れました(+o+)


会津田島という街道一の街を過ぎるとこの道は
R121&R352とR400の三本併用国道になったりします。
そしてここからは以前紹介した自分では名著と思う“日本奥地紀行”

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)


明治初期、海外の女性では初めて江戸から北海道までを旅した
紀行記。日光から遡りこのあたりまできているはずです。
その内容を思い出しました。
明治とはいえ、この辺りはまだまだ未開の地。
文明開化の足音だけは聞こえていたのでしょうが、
人々の暮らしはこの上もなく貧しく、子どもたちはことごとく皮膚病
大人たちも真っ黒で、着物も破れるまで着たきりで、
食べ物も貧弱であったとあります。
でも、この作者のイザベラは、こんな状況の日本の旅で、
一度も危険な目にあうこともなく、真面目で誠実な日本人に感銘を受けたという。
そんな国民性は今回の大震災でも世界中の人を驚かせています。
日本人のDNAは確かに残っていると信じてもいいでしょう。
そんな人を産んだのもこの美しい国土や風土であったのかも知れません。
美しい自然は人の心も美しく育んでしまうのでしょうか。


また山深い道になっていきます。
大王トンネルを抜けて栃木県です。
「うつくしま福島」を縦断しました。
五十里(いかり)湖というダム湖を通り、(ここも最高のロケーション)
川冶温泉、鬼怒川温泉を抜け日光市
そこでR121とお別れ、一路宇都宮、鹿沼ICから東北道に入り
一路習志野へ。
2日で700Kの行程でした。


セミナーが上手くいったお陰なのか、
気持ちも軽やかにドライブを楽しめたし、
日本の美しさを再確認できた一日でした。


私の南東北奥地紀行はこのへんで。