satoyamakong's blog

はてなダイヤリー「夢追い日記」から引っ越しました。

津波の怖さまじまじと

昨日、仙台平野の一番海側に位置している蒲生干潟へ行ってきました。
近くに仙台港があります。
今回も谷津干潟のS田所長と、前日から生物モニタリング1000の集まりで仙台に
入っていたセンタースタッフんのS原さんと現地でドッキング。
そこには元谷津干潟にも野鳥の会チーフレンジャーとして在籍していた
S木さんとも久々にお会いでききました。
モニ1000の方々と共に東北大学の教授や現地の方々から説明をお聞きしましたが、
元の姿が想像できないくらいに“破壊”されていて、本当にここが芦原があって野鳥や
カニやゴカイなどの低生生物の楽園だったのか想像すらできない状態。

右の四角いのはコンテナです。
渡り鳥の姿はありません。


説明によるとここにいた生物のほとんどの種が影響を受け、数が激減、もしくは
姿を消しているという。


河口にあるわけですが、そこに設置していた人口堰が破壊されていて、
汽水域を形成していたところに淡水が流れ込み、海からのの開口部にも
土砂が積もってしまい、海水が入ってきにくくなっているようすが見えます。


説明が終わってしばらく周りを観察しました。
そんな悲惨な状況ですが、ところどころに
カニの巣穴があったりして、ホッとすることも。


でも、どうしても周りの風景が気になります。
ここの近くにも住宅や工場もあったのですが、
報道でみるあの姿が周辺にあります。

ここには人の普通の生活があったはず。



ここには子どもたちの明るい声が聞こえていたはずなのに。


一瞬に“いつもここにあった生活”が奪われてしまった姿があります。
人も生き物も人が造ったものや使っていたものが失われました。
実際に訪れてみて、自然の猛威、その計り知れないパワー、
何回か繰り返されてきたこととはいえ、忘れたころにやってきた大津波。
この国に住んでいるというのはこういうことなんだ、と思い知らされた瞬間でした。


干潟は先ほどのカニの巣穴が若干増えてきてるし、
芦原の芦にも小さな青葉が出てきてたりしてましたし、
しょっぱくない干潟の水にもボラ子たちの群れもいました。
我々が去る頃にはボラの成魚が何匹もジャンプして見送ってくれました。
そう見えたのです。
「俺たちは生きているぞ!」って。
我々生き物は自然となんとかやりくりして生きて来たんだ。
だからこんな大きな犠牲を払ったことを教訓にして、
抗っていくのではなく、自然と調和して生きて行くのが宿命として
与えられているんだと心に刻んでいくことが本来なんだと。。。。。


ここで一行と分れて我々4人は車で南下して名取川仙台空港を経由し
「鳥の海」と言われる阿武隈川河口にある所に向かいました。


その様子はまた明日にでもアップしようと思います。