satoyamakong's blog

はてなダイヤリー「夢追い日記」から引っ越しました。

米を作るということ

稲を育てて米を作るということ。
よく考えると、循環社会のわかりやすい例なのではないか。
捨てるところが無いのだ。
稲刈りをして、まず脱穀で籾とワラに分かれる。それから籾摺りをすると、玄米と籾殻に分けられる。玄米を精米すると、白米と糠に分けられる。
白米以外は“ワラ”と“籾殻”と“糠”であるが、これが全て
再利用できるということだ。
ワラは昔から、蓑、俵、縄、土塀の強化材、馬や牛の飼料等に多いに利用していた。最近でこそその利用は少なくなってきたが、
“農”では作物を作る際の敷きワラや堆肥つくりにも利用されている。なんとワラも輸入されているくらいだ。コンバインでの稲刈りでは裁断されてしまうので、ワラがワラでなくなってしまうのだ。
籾殻はそのままや燃やして堆肥として、または燃料として利用できるし、糠も田植え後の雑草の発生を抑える為に田んぼ一面に蒔く、
そして、ご存知糠漬けにも利用できる。
田んぼに残っている切り株でさえ、土にすきこんで、田んぼの肥料に。。。。。。
それ以外にもほうき等やいろんな再利用されていたのであろう。
全く無駄がないのである。
全て昔のようには戻れないとは思うが、一つでも、少しでも
再利用しながら“農”に利用していきたい。
先人の知恵に学んでみたい。
何でも捨ててしまうことが当たり前になっている現代。
そんな時代がそのまま永遠に続くわけがないのである。
今の常識。未来の非常識になっていくことに気がついていきたい。